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山形地方裁判所 昭和58年(ワ)96号 判決

原告 布施正男

被告 財団法人山形市学校給食会

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、八三二万六三九二円及びこれに対する昭和五八年四月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二昭和六〇年二月二二日 当事者の主張

一  請求原因

1  (一) 被告は、山形市及び山形市教育委員会の指導、助言により、山形市立学校の給食物資の共同購入機関として昭和三二年一〇月二六日設立された山形市学校給食会を発展的に解消し、その残余財産をもつて昭和四五年四月一一日設立登記された、山形市立小・中学校の給食に必要な物資材料のあつ旋供給に関する事業等を行う財団法人である。

(二) 原告は、昭和三三年四月二一日被告の前身たる山形市学校給食会に雇用され、同会解消後も引続き被告の常務職員として勤務していたが、昭和五八年三月三一日をもつて、被告の退職勧奨に応じ任意退職したものである。

2  (一) 被告には、「財団法人山形市学校給食会職員任免、給与等に関する規則」(甲第一号証一五頁、以下「規則」という。)があり、同規則三条には、「常務職員の給与、勤務時間その他の勤務条件等に関しては、山形市職員に適用される規定を準用する。ただし、初任給、昇給、退職給与金等に関しては、理事長は理事会の承認を得て特別の定めをすることができる。」と規定されている。しかし、右ただし書の「特別の定め」は存しない。

(二) そして、山形市には、「山形市一般職の職員に対する退職手当支給条例」(甲第一三号証、以下「条例」という。)がある。

3  (一) 原告の勤続期間は二五年(計算は条例九条による)であり、勧奨を受けて退職したものであるから、条例六条及び条例附則(以下「附則」という。)三項(昭和五七年九月改正)が準用されるところ、原告の退職の日における給料は月額三四万三九〇〇円であるので、これを計算すると、原告の退職手当の額は、次のとおり一六二九万五七〇一円となる。

条例6条

(1) 343,900×150/100×10=5,158,500

(2) 343,900×165/100×10=5,674,350

+)(3) 343,900×180/100× 5=3,095,100

計 13,927,950

附則3項

13,927,950×117/100=16,295,701(1円未満切捨)

(二) ところが、被告は、規則、条例を無視して退職給与金を七九六万九三〇九円と決定し、これを前記退職時に原告に支給したのみである。

よつて、原告は被告に対し、右退職手当金の差額八三二万六三九二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年四月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実について、同(一)は認め、同(二)のうち、原告が昭和三三年四月二一日被告の前身たる山形市学校給食会に雇用され、同会解消後も引続き被告の職員として勤務していたが、昭和五八年三月三一日退職したことは認め、その余は否認する。

同2の事実は認める。

同3の事実について、(一)のうち、原告の勤続期間が二五年であること、原告の退職の日における給料が月額三四万三九〇〇円であること及び原告主張のとおり計算すると退職手当の額が一六二九万五七〇一円になることは認め、その余は否認し、(二)は否認する。

2  (一) 原告は、退職時には被告の事務局長をしていたものであるが、被告は、原告に対する退職手当の算定について、財団法人山形市学校給食会寄付行為(甲第一号証二頁、以下「寄付行為」という。)二三条、規則三条により条例四条、五条(普通退職の場合の退職手当に関する規定)を準用し、次のとおり算定し、九七五万八一六二円と確定した。

勤続年数 25年(昭和33年4月21日から昭和58年3月31日まで)

給料月額 1等級13号給 34万3900円

(1) 1年以上10年以下の期間

343,900×10×100/100=3,439,000

(2) 11年以上20年以下の期間

343,900×10×110/100=3,782,900

(3) 21年以上24年以下の期間

343,900×4×120/100=1,650,720

(4) 25年の1年の期間

343,900×1×257.5/100=885,542(1円未満切捨)

合計9,758,162(円)

(二) 右算定が正しいことは、次に述べるとおりである。

(1) 原告は、民法上の法人である被告に雇用されていたもので、これに適用されるのは一般私法であるところ、山形市職員は地方公務員であり、地方公務員法に定める勤務条件、勤務関係(任免、分限、懲戒、服務等)に服するものであつて原告とは勤務の性質、内容を異にし、異なる制度の下に勤務するものというべきであるから、規則三条に、常務職員の勤務条件等に関して、山形市職員に適用される規定を準用すると規定していても、その性質、内容上相容れない部分は準用されないものというべく、山形市職員に適用される勧奨退職の規定は、被告の職員で一般人たる原告には準用されないものである。

(2) 退職手当の性格からみると、民間の場合は功績報償、賃金後払、生活保障の性格が混在し、公務員の場合は勤続報償の性格を帯びているとされ、この違いからしても、民間たる被告の職員について、公務員たる山形市の一般職の職員に適用される勧奨退職の規定が準用されるべきものではない。

(3) これを費用負担の面からみれば、地方公務員については、給与の額は、地方公共団体の収入のうちから条例をもつて定められるのである。これに対し、被告は、公益を目的とする民法上の法人であつて、寄付財産、山形市の補助金等をもつて運営されているものであり、退職手当もこれらの財源のうちから支払われるものである。また、公務員の給与については、地域住民の総意に基づく条例の制定という慎重な手続を要し、その額においても支払の負担にたえるものであるのに反し、被告においては、財源の性質に加えて、額においても公務員と同等に扱い得べきものでもない。これら財源の性質、負担能力の点から考えても、被告の一般職員については、市職員の勧奨退職手当に関する規定は準用がなく、特に勧奨退職手当についての規定がない限り右規定の準用はないものである。

(4) ちなみに、被告における規則の制定経過をみると、常務職員の勤務条件等に関し草案の段階では、「市職員に適用される規定に準ずる」という表現が考えられていたが、それでは被告の職員の勤務条件は地方公務員と同等化し、また財力上からみても負担加重になるという理由から現在の「準用する」という表現になつたといういきさつがあり、当初から無原則に市職員に適用される規定を準用するという考え方ではなかつたのである。

(5) 更に、勧奨退職制度の由来をみると、地方公務員は、身分が保障され、また定年制もなく、職員の新陳代謝が進まなくなるので、その円滑化を図り、事務の向上、改善に資するため特に必要性のあつたことが考えられるのであり、公務員とは勤務関係の性質、内容を異にし、異なる制度の下に勤務する被告の職員たる原告に、勧奨退職の規定は準用されるべきものではない。

(6) 条例六条によれば、「勧奨を受けて退職をした者であつて、任命権者が市長の承認を得たもの」と規定されているのであるから、これによれば、被告の常務職員である原告に対する勧奨退職手当の支給については、被告の理事会の議決、承認を得たうえ、理事長により支給されることが必要となるのであるが、本件においては、その承認を得ていないのであるから、原告に対する退職手当の計算については、条例六条によることはできない。

(7) 以上のとおり、原告に山形市一般職の職員に対する勧奨退職の規定が準用される余地はなく、普通退職の場合の退職手当に関する規定を準用してなした被告の算定は正当である。

(8) なお、原告が退職の際被告が契約を締結している中小企業退職金共済事業団(以下「事業団」という。)から支払を受けた退職慰労金一七八万八八五三円は、本件退職手当の支払に充当されるべきものであり、原告に支給されるべき前記退職手当九七五万八一六二円に含まれているものである(中小企業退職金共済法、甲第一〇号証の一、二参照)。

3  被告は、昭和五八年二月二八日原告に対し、労働基準法二〇条に基づき(被告は同法八条一七号に規定する事業所である。)、同日付解雇予告書(甲第七号証)を手交して同年三月三一日限りで解雇する旨意思表示したものであるから、原告は、同日をもつて解雇の効力が発生し退職となつたものであつて、被告の退職勧奨に応じて退職したのではない。右解雇予告書によれば、解雇予告であることが明白であり、解雇の理由として、「社会の慣例と人事管理の必要」と記載してあるが、これは満六〇歳程度で退職する例が多いのでこれに従い(山形市職員も同様)、また高齢になると給料は高額となるうえ、業務の能率上の問題、精神的な沈滞もあり、事業主の経理は人件費によつて圧迫されるようにもなり、新陳代謝を図る必要があるので、これら社会の慣例、人事管理の面から解雇の理由を示したのであつて、勧奨退職でないことは明らかである。また、解雇予告書に対し、承諾書を提出したり、その後の原告の申出や交渉があつても、これによつて勧奨退職に変ずることはない。

4  原告の後記三の2ないし4の主張は争う。

三  被告の右主張に対する原告の認否及び主張

1  被告の右2、3の主張は争う(ただし、2(一)のうち、被告主張のとおり計算すると退職手当の額が九七五万八一六二円になること、2(二)の(6)のうち、原告に対する勧奨退職による退職手当の支給については被告の理事会の承認がないことは認める。)。

2  原告の退職手当の計算については、以下に述べるとおり、勧奨退職の場合の規定(条例六条、附則三項)が準用されるべきである。

(一) 退職手当の計算方法について、普通退職の規定は準用され、勧奨退職の規定は準用されないとの違いの理由は、公務員と一般人との使用者に対する関係の性質、内容の相違からは導き得ない。

(二) 被告における職員の待遇については、その前身たる山形市学校給食会の創立時から、「事務局職員と同待遇とする」と明言されており、昭和三二年一一月一日から適用された山形市学校給食会細則にも、「職員の給与並びに手当の支給については山形市の給与並に手当に関する諸規程を準用する」と明記されていたのであるから、規則制定の経過から、「無原則に市職員に適用される規定を準用するという考え方ではなかつた」との被告の主張は、少なくとも職員の退職金に関する限り明らかに誤りである。

(三) 国家公務員等退職手当法四条、五条は、定年に達したことにより退職した者又はこれに準ずる理由その他その者の事情によらないで引き続き勤続することを困難とする理由により退職した者に、同一の規準で退職手当を計算することにしているが、右の規定の適用を受ける者に勧奨退職者が含まれているのである(同施行令三条)。これは、定年退職と勧奨退職を同一視するものであり、定年の有無と勧奨退職制の適用とは直接関係ないことを示すものである。

更に、現在多くの私企業において、労働者の自己都合による退職と使用者の都合による退職に差別をもうけ、後者に退職金の優遇措置を講じているのである。

よつて、勧奨退職制度は、使用者側の都合により労働者を退職させる際、その意図に協力した者に対する優遇措置であつて、公務員のみに存在すべき性質のものではなく、被告においてその制度を採用することは何らの不都合もないのである。

(四) 条例六条中には、「任命権者が市長の承認を得たもの」と規定されているが、この文言は規則三条の準用の際には、右文言及び寄付行為一六条、一七条の趣旨から、「任命権者」を「理事長」に、「市長」を「理事会」に読み替えるべきものである。

本件においては、形式上条例六条につき被告の理事会の承認はないが、これは理事会において原告については条例六条の準用がないことを前提として、退職勧奨をしたうえ退職金を決定したからであり、規定の正しい解釈をしていれば当然承認はあつたものというべきであるから、条例六条の準用には支障がないというべきであるし、承認の有無は被告の内部手続であるから、現実に被告の退職勧奨があり、それに基づき原告が退職した以上条例六条は当然準用されるべきである。

また、「被告の理事会において条例六条を準用しなかつた理由は、公務員でなければ勧奨退職の制度はないという解釈を前提としたからであり、右解釈が前叙のとおり誤りである以上、「承認」のないことを理由に条例六条の準用を拒否することは、権利の濫用又は信義則に違反して許されない。

3  (一) 被告には定年制はなく、単に原告が満六〇歳に達したからといつてただちに解雇理由が発生するものではなく、原告の年齢と被告の人事管理の必要のみでは正当な解雇理由に該当しないことは明白であつて、被告の解雇予告は解雇権の濫用であつて無効である。原告は、勧奨退職の規定が準用になることを前提として、被告の解雇予告を勧奨と受取り任意退職したものであるから、勧奨退職に該当することは当然である。

(二) 仮に、原告が解雇予告により解雇されたとしても、退職手当の計算について勧奨退職の規定を準用することは何ら背理ではなく、原告の退職は、非違によることなく、被告の都合によつて退職させられたのであるから、自己都合による退職の場合を規定した条例五条三項を準用することこそ失当といわなければならない。もしこれが許されるなら、被告は条例六条の準用を回避する手段として解雇予告を濫用することができることになる。

4  原告に支給された退職慰労金は、被告の財団法人山形市学校給食会退職慰労金規則(甲第一号証二八頁、以下「退職慰労金規則」という。)に規定された中小企業退職金共済法(以下「共済法」という。)に定める事業団との間の退職金共済契約に基づき、原告と被告が月々掛金を各々半額負担してきたことにより右事業団から原告に直接支給されたものであるうえ、本来右退職慰労金規則は、被告の職員の退職時における退職手当を補充する意味で設けられたものであつて、退職慰労金の全額を退職手当から差引くことに合理的な理由はなく、また、被告の就業規則上も差引く旨の規定はないのであるから、支給された退職慰労金の額を退職手当から差引くことは許されない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告が山形市及び山形市教育委員会の指導、助言により、山形市立学校の給食物資の共同購入機関として昭和三二年一〇月二六日設立された山形市学校給食会を発展的に解消し、その残余財産をもつて昭和四五年四月一一日設立登記された、山形市立小・中学校の給食に必要な物資材料のあつ旋供給に関する事業等を行う財団法人であること、原告が昭和三三年四月二一日被告の前身たる山形市学校給食会に雇用され、同会解消後も引続き被告の常務職員として勤務していたが、昭和五八年三月三一日退職したこと、被告には、「財団法人山形市学校給食会職員任免、給与等に関する規則」(規則)があり、同規則三条には、「常務職員の給与、勤務時間その他の勤務条件等に関しては、山形市職員に適用される規定を準用する。ただし、初任給、昇給、退職給与金等に関しては、理事長は理事会の承認を得て特別の定めをすることができる。」と規定されていること、しかし右ただし書の「特別の定め」は存しないこと、山形市には「山形市一般職の職員に対する退職手当支給条例」(条例)があること、原告の勤続期間が二五年であること、原告の退職の日における給料が月額三四万三九〇〇円であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、自己は勧奨を受けて退職した者であるから、支給されるべき退職手当には、条例六条、条例附則(附則)三項(昭和五七年九月改正)が準用される旨主張するので、以下まずこの点につき判断する。

1  成立に争いのない甲第一号証、同第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、条例六条一項には、「勧奨を受けて退職した者であつて、任命権者が市長の承認を得たもの」と規定しているが、同条項が規則三条により被告の常務職員たる原告に準用される場合には、規則三条ただし書、被告の寄付行為一六条、一七条の趣旨から、「任命権者」を「理事長」に、「市長」を「理事会」にそれぞれ読替えるのが相当であると認められる。したがつて、仮に原告が勧奨を受けて退職し、かつ条例六条一項が準用されるとしても、同条項に基づく退職手当の支給を受けるには、被告の理事会の承認が必要であるというべきところ、原告につきこの点についての同理事会の承認がないことは当事者間に争いがない。

2  原告は、この点につき、被告の理事会の承認がないのは、理事会において原告については条例六条の準用がないことを前提として退職勧奨をしたうえ退職金を決定したからであり、右規定の正しい解釈をしていれば当然承認はあつたものというべきであるから、条例六条の準用には支障がないというべきであるし、承認の有無は被告の内部手続であるから、現実に被告の退職勧奨があり、それに基づき原告が退職した以上条例六条は当然準用されるべきである旨主張するが、これに沿う原告本人の供述はたやすく採用することはできず、他に被告の理事会が規定の正しい解釈をしていれば当然同理事会の承認はあつたと認めるに足りる証拠はなく、また、仮に被告の退職勧奨行為があり、これに基づき原告が退職したとしても、被告の理事会の承認がない以上条例六条一項が当然準用されるということはできない。

3  更に原告は、被告の理事会において条例六条を準用しなかつた理由は、公務員でなければ勧奨退職の制度はないという解釈を前提としたからであり、右解釈が誤りである以上承認のないことを理由に条例六条の準用を拒否することは権利の濫用又は信義則に違反して許されない旨主張する。

しかしながら、前掲甲第一三号証、成立に争いのない甲第四ないし第七号証、乙第一号証及び同第六号証、証人朝倉高文の証言、並びに弁論の全趣旨によれば、(一)被告は原告に対し、昭和五八年二月二八日付で、労働基準法二〇条に基づき、満六〇歳をすぎたので、社会の慣例と人事管理の必要から同年三月三一日で退職していただきます旨の解雇予告をしたが、これに対し原告は、同年三月二八日付で同月三一日をもつて辞職する旨の辞職届を被告に出し、被告は同年三月三一日付で原告の辞職を承認したこと、(二)被告は右解雇予告に先立ち、同年二月一八日開催の第五九回理事会において、原告に対する退職手当を、規則三条、条例五条一項、三項、四条一項に基づき中小企業退職金共済事業団(事業団)からの退職慰労金一七八万八八五三円を含め九七五万八一六二円と算定したこと、(三)そして被告は、同年四月一日付で原告に対しその旨通知したこと、(四)被告としては、右退職手当の算定につき理事会で協議した際、原告に対して退職の勧奨をすることは考えておらず、また被告の職員は公務員ではないこと等から考えて勧奨退職に関する条例六条の準用は考えていなかつたことが認められ、右認定に反する原告本人の供述は、前掲各証拠に照らし採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に前掲甲第一号証中の規則三条ただし書の規定を併せ考えると、被告の職員は公務員ではないから勧奨退職の制度はなく、条例六条の準用もないとの被告の理事会の判断、解釈も、一概に不合理であるとはいえず、このことをもつて、理事会の承認のないことを理由に条例六条の準用を拒否することが権利の濫用又は信義則に違反するということは到底できない。

三  次に、原告は、退職慰労金は被告の退職慰労金規則に規定された中小企業退職金共済法(共済法)に定める事業団との間の退職金共済契約に基づき、原告と被告が月々掛金を各々半額負担してきたことにより事業団から原告に直接支給されたものであるうえ、退職慰労金規則は、被告の職員の退職時における退職手当を補充する意味で設けられたものであつて、その全額を退職手当から差引くことに合理的な理由はなく、また、被告の就業規則上も差引く旨の規定はないから、これを退職手当から差引くことは許されない旨主張するので、以下この点につき判断する。

1  共済法は、中小企業においては個々の企業が独立で退職金制度を確立することが困難である実情に鑑み、中小企業者の相互扶助の精神に基づいて、退職金負担を事業主が相互に共済する制度を確立し、他の諸施策と相まつて、中小企業の従業員の福祉の増進をはかるとともに、中小企業における優秀な労働力の確保等を通じて中小企業の振興に寄与することを目的としていると解されるところ(同法一条参照)、同法に基づく退職金共済制度への加入は、事業主の従業員に対して負う退職金支払債務履行のための手段たる性格のものにすぎないというべきである。

2  しかるところ、前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第一〇号証の一、二、証人朝倉高文の証言及び原告本人尋問の結果によれば、(一)被告には退職慰労金規則があり、これにより、(1)被告は共済法に基づく退職金共済制度に加入して職員に退職慰労金を支給すること、(2)被告は原則としてすべての職員について(同規則二条各号に該当する者を除く。)事業団との間に退職金共済契約を締結すること、(3)右契約の掛金月額は被告及び職員が各々半額を負担することとされていること、(二)原告は右規則に従い、退職金共済契約の掛金を半額負担してきたこと、(三)右退職慰労金が一七八万八八五三円と算定され、同金額が事業団から原告に直接支給されたことが認められ、また、前掲甲第一号証、同第四号証、同第六号証、乙第六号証、成立に争いがない甲第八号証及び証人朝倉高文の証言によれば、(一)被告は前判示の理事会において、原告に対する退職手当の件につき検討した際、事業団からの退職慰労金は退職手当の一部として含めるとの解釈を前提として退職手当を支給することを決めたこと、(二)そして、同理事会において原告に対する退職手当を退職慰労金一七八万八八五三円を含め九七五万八一六二円と算定し(前判示)、昭和五八年三月三一日被告は、右退職慰労金額を控除した残額七九六万九三〇九円を原告に支給したこと、(三)しかしながら、右の点については退職慰労金規則等被告の諸規則に明文の規定は存しないことが認められる。しかして、右1判示の共済法の目的及び退職金共済制度の趣旨、並びに右認定の各事実に、前記一、二判示の各事実を併せ考えると、右の点につき退職慰労金規則等被告の諸規則に明文の規定はないが、他に特段の事情がない限り、右退職慰労金は退職手当の一部として含まれるものと解するのが相当である。この点につき、原告の右主張に沿う原告本人の供述は存するが、前掲各証拠に照らすとたやすく採用することはできない。また、共済法二条三項によれば、掛金の納付義務者は共済契約者である事業主であり、掛金の全部又は一部を従業員に負担させることはできないと解すべきところ、前認定のように原告が掛金の半額を負担していることは右規定に反するが、前判示の共済法の目的、退職金共済制度の趣旨からすると、掛金の半額を原告が負担しているからといつて、退職慰労金の全部又は一部が退職手当に含まれなくなるということはできない。そして、他に右のように解することを妨げるような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

四  そうすると、原告に勧奨退職による退職手当の支給を受ける権利があることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになる。

よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小泉博嗣)

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